【新日本プロレス】新社長に就任した『棚橋弘至』ってどんな人?

新日本プロレスの年間最大興行である東京ドーム大会「レッスルキングダム」が1月4日に開催され、IWGP世界ヘビー級王者のSANADA選手を、昨年のG1 CLIMAX優勝者の内藤哲也選手が破り新王者となるなど大成功に終わりました。

ところで、昨年12月23日に新日本プロレスは、所属選手である棚橋弘至選手が新社長に就任したことを発表したことで話題になりました。

そこで今回は、新しく新日本プロレス社長に就任した、棚橋弘至社長について紹介していきます!

最後まで楽しんでいってください!

新日本プロレス新社長『棚橋弘至』さんのプロフィール!

名前:棚橋弘至(たなはし・ひろし)

生年月日:1976年11月13日

出身地:岐阜県大垣市

身長:181cm

体重:101kg

得意技:スリングブレイド、ハイフライフロー

デビューまで

高校時代は野球に熱中。

立命館大学を経て、1999年4月、新日本プロレス入門。

同年10月10日の後楽園ホールの真壁伸也(現:真壁刀義)戦でデビュー。(結果は負け)

ちなみに、デビュー戦が行われた後楽園ホールの興行には、当時高校生だった内藤哲也選手が観戦に来ていました。

後にIWGP戦線を戦うことになるとは、この時誰も知る由もありませんでしたね。

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初のG1&東京ドーム参戦で主力選手へ

棚橋弘至社長の出世は他のレスラーよりも早く、2001年10月には初めて東京ドーム大会へ出場し、翌2002年には初めてG1に出場しました。

2002年当時は蝶野正洋さんを筆頭に、永田裕志さんや天山広選手などが全盛期の時代でしたが、若手の中では主力選手へ駆け上がっていくのが早かったですね。

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主力選手になるも新日本プロレスは暗黒時代突入

2003年以降は主力選手として、IWGPタッグ王者などタイトル戦線にも参戦していきましたが、この時期は、K-1や総合格闘技選手が新日本プロレスの大会に出場したり、参戦していた外国人レスラーがトラブルを起こしてIWGPヘビー級王座を剥奪されるなど苦しい時代に突入していきました。

棚橋弘至社長も、東京ドームなどの大きな大会でプロレス以外の競技の選手と戦ったりしており、そのような路線にファンが離れていった時代でした。

暗黒時代の中初のIWGPヘビー級王者に!

苦しい状況下だった2006年7月の札幌大会で初めてIWGPヘビー級王者となりました。

ちなみにこの時期は、棚橋弘至社長とライバルであり現在はアメリカのWWEのスターレスラーとなっている中邑真輔選手と共に団体を支えていました。

暗獄時代を乗り越え新日本のエースに!

苦しい時期を何とか乗り越えた棚橋弘至社長は、2009年1月4日の東京ドーム大会で、当時IWGPヘビー級王者だった武藤敬司さんを破り新王者となりました。

武藤敬司さんが新日本プロレスに所属していた時に付き人を務めていた棚橋弘至社長にとって、武藤敬司さんは師匠ですね。

その2年後の2011年1月4日は、当時外敵としてIWGPヘビー級王者だった小島聡選手からベルトを奪還し、そのベルトを当時の斉田防衛記録である11回に更新。

2012年2月にオカダ・カズチカ選手に破られるまで約1年以上も保持していました。(レインメーカーショック)

名実ともに新日本プロレスのエースとして君臨しました。

選手兼任社長として

プロレス業界では、選手が社長を兼任することは珍しくありません。

古くは、アントニオ猪木氏が新日本プロレス、ジャイアント馬場氏が全日本プロレスの社長と選手を兼任していました。

実は棚橋弘至社長、7年程前から「社長をやってみたい」と訴えていたそうです。

新日本のエースが、今度はキャプテンとして団体を引っ張って行くことになりますね。

まとめ

今回は、新日本プロレスの新社長に就任した、棚橋弘至社長について紹介していきました!

棚橋弘至社長の今後の活躍に期待です!

最後までご覧になっていただきありがとうございました!

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